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前橋地方裁判所 昭和25年(ワ)187号 判決

群馬県新田郡尾島町大字岩松千歳西一三六番地

原告

新田蚕種協同組合

右代表者理事

福島清八

右訴訟代理人弁護土

大沢愛次郎

被告

右代表者法務大臣

犬養健

右訴訟代理人弁護士

松宮隆

右当事者間の昭和二十五年(ワ)第一八七号所有権確認請求事件について当裁判所は昭和二十九年四月十九日口頭弁論を終結して次のように判決をする。

主文

別紙目録記載の物件が原告の所有であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、「別紙目録記載の物件は原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立て、その原因事実として、原告は組合員の蚕種製造業の改良発達をはかるため共同の施設を為すことを目的とする協同組合で、元名称を有限責任新田蚕種共同施設組合と称していたが、昭和二十一年五月三十一日蚕糸業法により、新田蚕種協同組合と名称を変更したものである。原告は組合員のための共同施設として、別紙目録記載の物件を所有していたが、昭和二十年三月中、当時軍需品の製造をしていた中島飛行機株式会社から、会社従業員の診療所に使用の目的を以て譲受の申し入れを受け、原告も当時の事情己むなしとして右申入を承諾し、昭和二十年三月二十日右中島飛行機株式会社に対し、別紙目録記載物件を代金十二万円で売渡すべき旨の売買契約を締結した。右売買契約締結後相互に未だ契約の履行をしない内に、中島飛行機株式会社は工場事業場使用収用令(昭和十四年十二月二十九日勅令第九〇一号―国家総動員法第一三条に基づく勅令)に基づき、同会社所有工場の土地、建物その他の工作物、機械、器具等の使用及び従業者の供用を決定せられ、昭和二十年四月一日より第一軍需工廠の所管となり、国の軍需品製造の工廠となつた。その際中島飛行機株式会社所有の土地、建物、その他の工作物、機械、器具等については、使用令書が発せられたもので、所有権は国に移転せられなかつた。而して本訴の別紙目録記載物件は当時原告と中島飛行機株式会社との間に売買契約は締結せられていたが、未だ同会社に所有権は移転されていなかつたため、使用令書に包含せられなかつたので、原告は右会社との間の前記売買契約を昭和二十年四月一日合意解除し、同日国(第一軍需工廠)と原告との間に改めて売買契約(中島飛行機株式会社との契約と同一内容の売買契約)を締結し、原告より国に対し所有権を譲渡した。而して昭和二十年四月二十五日この代金十二万円は第一軍需工廠の設備買上代金として、皇国第三〇八五工場会計部経理課伊勢崎分室出納係を経由し、特殊預金を以て国から原告に交付され、原告もその頃物件の引渡を完了した。右の次第であつたから、終戦後第一軍需工廠に於て中島飛行機株式会社の工場の使用を廃止した際、右会社の所有物であつたものは同会社に返還されたが、本訴物件は右会社の所有物にあらず、原告組合より直接国に譲渡されて国の所有となつていたので、右会社に返還されることなく、国の所有として残存した。然るに昭和二十一年十月十九日法律第三八号戦時補償特別措置法により、原告が第一軍需工廠の設備買上代金として国から交付を受けた特殊預金十二万円の支払請求権は課税の対象となり、内金一万円を控除して金十一万円は戦時補償特別税として徴収せられた。而して前記法律第六〇条第一項によれば、国(地方公共団体若しくは特定機関)に対し建物等を譲渡した場合に於て、その対価の請求権について戦時補償特別税を課せられたときは、国はこの法律施行の際現に該建物等を有する場合に限り、旧所有者の請求により当該建物等を現状に於て旧所有者に譲渡しなければならないと定められている。原告から第一軍需工廠が買い上げた別紙記載目録物件は、右法律施行当時国が所有し正に右法律第六〇条第一項に該当するので、原告は当時の所管官庁であつた商工省係官の指導を受けて、昭和二十二年三月一日被告に対し同条第二項による戦時補償特別税額から控除した金一万円の支払をする旨及び別紙目録記載物件の譲渡方を申し出た。(物件は事実上原告が引渡を受けて使用している。)更に昭和二十三年八月七日原告は右の金一万円を現実に東京財務局に提供して本訴物件についての譲渡方を申し出た。しかし被告はこれを拒絶したので、同年九月三十日原告はこの金一万円を前橋司法事務局へ供託した。

従つて本訴物件の所有権は右の八月七日を以て被告から原告へ移転している。然るにその後所管官庁となつた大蔵省の管財局長は、原告の前記法律第六〇条による請求手続には遺漏はないが、別紙目録記載物件は第一軍需工廠が原告から買い上げたものではなく、原告と中島飛行機株式会社との売買契約と同時に、その所有権は右会社に移転したものであり、第一軍需工廠は中島飛行機株式会社から譲り受けたのであるから、前記法律第六〇条による請求権者は中島飛行機株式会社であるが、同会社は既に請求の法定期間を経過しているから、譲渡を受けることはできないと説明し、原告は前記法律第六〇条の旧所有者に該当しないとの理由で昭和二十四年九月五日東京財務部前橋支部長を通じ、原告の請求を拒絶する旨の意思を通知してきた。然れども中島飛行機株式会社は国から本訴物件の対価を得たこともなく、その請求権もなかつたので、戦時補償特別税を課せられたこともなく、譲渡請求権も有しないものである。殊に前記法律第六〇条が制定された所以のものは、物件は国の所有に帰し、その得べき対価は戦時補償特別税として徴収せられた、旧所有者の保護救済を目的とする法意なることは明らかであつて、原告がその保護救済の対象者であることも敍上の事実で明らかである。従つて原告の前記適法な申出によつて本訴物件の所有権は当然に国から原告へ譲渡せられたものである。然るに所管の行政官庁である大蔵省管財局長は、原告の請求及び手続には遺漏はないが、原告は旧所有者ではないとして、原告の請求を拒否する旨を通知して来て、今なお該物件を国の所有物として、東京財務部前橋支部をして公売処分の準備をなさしめんとしている由である。それでこの所有権の確認を求めるため、物件所在地を管轄する御庁に本訴に及んだ次第である。被告の抗弁事実中本訴物件が現在大蔵省関東財務局の台帳に昭和二十二年四月一日商工省より引継として登載せられていることは争わないが、その余の事実は否認する。原告から被告に対する譲渡申出に当つては、原告と第一軍需工廠との売買契約書は発見されなかつたので、当時管轄官庁係官の指導によつて、中島飛行機株式会社との間の契約書を添附したものである。又訴外会社名義に移転登記が為されたのは、原告から先に訴外会社係員に交付して置いた登記手続関係書類によつて、本訴建物を飯塚金太郎名義に保存登記をなし、更に訴外会社名義に移転登記をしたもので、所有権の実体を表示しているものではない。なお、原告と第一軍需工廠との間の売買契約書は発見されないが、同契約書の控に、買主「中島飛行機株式会社」を「第一軍需工廠」と訂正してあること、及び日附の「昭和二十年四月一日」をタイプで打つてあること等から見ても、同日右控と同一の売買契約書が作成せられ更改が行なわれたことを推定できる。被告は本件金十二万円の代金支払は国からの支払ではないと主張するが、原告が更に当時の支払関係を調査したところ次のとおりである。即ち、中島飛行機株式会社の工場は、昭和二十年四月一日工場事業場使用収用令に基づき、不動産及び機械、器具等は使用、従業員は供用、原料及び消耗品は収用されて第一軍需工廠となつたものである。而してその内海軍関係の工廠は、これを皇国第三〇八五工場といつていたのである。そうして原告と第一軍需工廠との本件売買契約による代金は、第一軍需工廠の皇国第三〇八五工場会計部から、臨時軍事費の施設費として支出され、且つ昭和二十年四月二十五日原告宛に送金案内が発せられ、群馬大同銀行小泉支店を経て、同年五月四日同銀行尾島支店の原告組合預金口座に振り込まれた。而して原告が送金を受けた右代金十二万円については、臨時資金調整法(昭和十二年九月九日法律第八六号)第一〇条の二(同法施行令第九条の二及び企業整備資金措置法「昭和十八年六月二十六日法律第九五号」第三条、第五条、第六条)の規定により、昭和二十年六月一日特殊預金に預け替えとなつたものである。従つてこの金十二万円の特殊預金は戦補税法第一条第一号に該当し、戦補税の課税対象となること明らかである。被告は、本訴物件が兵器等製造事業特別助成法第五条により、政府が買い上げて国有になつたと主張するけれども同条により政府が買上げる場合は、政府が兵器等の生産力を確保するため必要ありと認めたとき事業者に対し、一定の期間内に政府が買い上げることを条件として設備の新設拡張又は改良を命じた場合でなければならない。然るに本訴物件については、中島飛行機株式会社は政府から右の如き命令を受けたことはない。又中島飛行機株式会社が、工場事業場使用収用令に基き使用及び収用が決定せられた際も、原料並に消耗品は収用せられて国(第一軍需工廠)の所有に帰属したが、土地、建物等の不動産は使用のみが決定せられ、所有権は移転せられなかつたものである。従つて、被告主張の如く、原告と中島飛行機株式会社との間の本訴物件の売買契約によつて、所有権が右会社に移転し、その売買契約が解除せられなかつたとすれば、所有権は右会社にあつて、国に移転すべき法律原因は存しない。戦時補償特別措置法第六〇条の規定は、同条による適法な申請があれば、国はこれにより直ちに該当物件を譲渡すべき義務を負担するもので、この義務の発生について、改めて許可等の設権的行政処分を必要としない。従つて右譲渡申請は形成的効力あるものといわねばならない。と述べ、立証として甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三乃至第八号証、同第九号証の一、二、同第一〇、一一号証、同第一二号証の一、二、同第一三号証、同第一四号証の一、二、同第一五号証の一乃至四、同第一六、一七号証、同第一八号証の一、二、同第一九号証、同第二〇号証の一乃至三、同第二一号証の一乃至四、同第二二号証の一乃至三を提出し、なお甲第二号証の二は原告と第一軍需工廠との契約書の控であると述べ、甲第五号証、同第二〇号証の三は写を以て提出し、証人青木逸平、同関口四郎、同石島喜四郎、同渡辺達夫、同柳茂司、同飯塚善太郎、同福島清作の各証言を援用した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めると申し立て、原因事実中、原告組合の目的事業及び名称の変更があつたこと、本訴物件が元原告の所有であつたが、昭和二十年三月二十日訴外中島飛行機株式会社へ代金十二万円で売渡したこと、皇国第三〇八五工場会計部経理課伊勢崎分室出納係を経由して代金十二万円が支払われたこと、本訴物件が現在国有となつていること、原告の特殊預金十二万円から金一万円を控除した金十一万円を戦時補償特別税として申告納付されたこと、原告が昭和二十二年三月一日被告に対して、戦時補償特別措置法第六〇条第一項による譲渡の申し出をしたこと、本訴物件につき原告は有益費の支出をしていないこと、原告の右申出に対して大蔵省管財局が為した説明の内容及び被告がこの申出を拒絶したことはいづれも認めるが、その余の事実は否認する。原告主張の、昭和二十年三月二十日原告と訴外中島飛行機株式会社との間に締結された、本訴物件についての売買契約は同年四月一日に於てはその代金は未払であり、所有権移転の登記も未了(登記は同年五月十日買主たる中島飛行機株式会社名義に変更となつている。)であつたが、その所有権は右契約締結と同時に移転された。このことは、同契約書第一条に「甲(原告)ハ其ノ所有ニ係ル後記表示ノ物件ヲ代金拾弍万円ヲ以テ売渡シ、乙(中島飛行機株式会社)ハ之ヲ買受ケタリ」とあるを見ても明らかである。何となれば、何等か特段の事情なき限り、債権契約たる売買契約の締結は、これと同時に物権契約も結ばれたりと考えることが社会通念であるからである。又若し原告主張のように中島飛行機株式会社との契約が、国との契約に切り替えられたとすれば、原告が戦時補償特別措置法第六〇条による譲渡申請に当り、原告と中島飛行機株式会社との間の前記契約書を添附する理由がない。

又右不動産について、四月一日から遙か後日である同年五月十日に、中島飛行機株式会社に移転登記が為されていることも理解できないところとなる。皇国第三〇八五工場というのは、当時の軍の軍需工場を防牒上の関係から番号を以て表わしたものに過ぎず、国の軍需工廠を意味するものではない。従つて右皇国工場からの支払は、国からの支払ではない。国が支払を為すならば、会計法による支払担当官又はその分任官の氏名を明示し、且つ日本銀行及びその代理店から支払わるべきで、右のような皇国第三〇八五工場会計部経理課伊勢崎分室というが如き表示を為す筈がない。従つてこの代金は、中島飛行機株式会社から支払われたものである。ただ右会社が本件建物の代金支払に要する資金として、国から一旦中島飛行機株式会社に資金が入り、同会社から原告に支払われたのである。仮りに一歩を譲り、その支払が直接国から原告に対して為されたと仮定しても、それは中島飛行機株式会社が原告に対する代金支払債務を履行しない間に、昭和二十年四月一日右会社の工場は軍管理工場となり国がその代金支払債務を引き継いだ為めである。国から直接代金支払が為されたとの一事を以て、売買契約の更改があつたとか、所有権が原告から直接国に移つたという結論は出てこない。更に又数歩を譲り、原告の主張を全部容認し、原告と国との間に売買契約の更改があり、その代金の支払が国から直接原告に為されたと仮定しても、その支払は終戦前である昭和二十年五月四日に現金で決済されたものであるから戦補税の問題とはならず、従つて戦時補償特別措置法第六〇条の適用なしといわなければならない。原告は本件について、戦補税を課せらるべからざるものなるに拘わらず、勝手に申告納税したものであり、課税の対象となつて賦課徴収されたものではない。(戦補税は、申告があれば税務署はこれを受け入れるが、本件の場合は誤納である。)原告は被告に対し本訴物件について、所有権確認の訴を提起しているが、戦時補償特別措置法第六〇条の規定は、その譲渡申請に形成的効力を与えたものではない。本訴物件が現在国有となつているのは、兵器等製造事業特別助成法第五条により国有になつた(所有権が中島飛行機株式会社から国に移つた)ものとして、商工省から昭和二十二年四月一日大蔵省に引継がれ、大蔵省関東財務局の台帳に登載せられている。但し国有となつた日時は判明しない。と述べ、甲第二号証の二の成立は否認する。同第二〇号証の三は富士銀行足利支店よりの回答書に、写しとして添付せられている書面であることは認めるが、その原本の存在は不知。その余の甲号各証の成立及び甲第五号証の原本の存在はいづれも認める。と述べた。

理由

本訴物件が元原告の所有であつたが、昭和二十年三月十日訴外中島飛行機株式会社との間に、代金十二万円で、甲第二号証の一の契約書に示す内容の売買契約が成立したこと。昭和二十年四月一日現在に於て右代金の支払及び所有権移転登記手続は為されていなかつたことはいづれも当事者間に争がない。

原告は、昭和二十年四月一日訴外中島飛行機株式会社の工場が第一軍需工廠として収用せられたので同日右契約を解約して、被告との間に改めて同一内容の売買契約が成立した旨主張するのでこれについて判断する。証人関口四郎、同柳茂司、同青木逸平、同石島喜四郎、同渡辺達夫、の各証言を綜合すれば、本訴物件は訴外中島飛行機株式会社が、同会社小泉製作所の作業場設備拡張上必要を生じて、原告から買い受けたものであつたこと。右会社関係の諸設備は、昭和二十年四月一日から工場事業場使用収用令に基ずき第一軍需工廠として国に使用せられることとなり、同会社小泉製作所の設備は、第一軍需工廠第二製造廠として使用せられ、その際同会社所有の土地、建物等の諸施設は国が使用し、材料其の他の消耗品は国に収用せられたこと。及び工廠として使用の諸用紙類は従来の会社名の印刷された用紙の残存する限りこれを引継ぎ使用していたが、同日以後旧小泉製作所では、中島飛行機株式会社としての金銭支出は一切行なわぬ立前で資金は総て東京の本社へ引揚げが為されたこと。従つて同会社が建物等を既に買い入れて、その代金が未払であつたものは、そのまま第一軍需工廠へ引継いだがこのような場合はその未払代金を工廠から支払つて貰うことをせずに、総て第一軍需工廠を買主とする契約に切替える方法によつて処理されていたことが認められる。そこで甲第二号証の二の成否について考える。同号証は中島飛行機株式会社の社名及び小泉製作所の名称が印刷されている赤わくの用紙に、タイプライターを以て印書されたものであるが、裏面の日附が昭和二十四年四月一日となつている(この日附もタイプされている)外は契約条項は総て成立に争のない甲第二号証の一、即ち原告と訴外中島飛行機株式会社との契約条項と同一である。ただ裏面に契約当事者として、原告組合及びその代表者名まではタイプされているが、他の当事者名は記載されていない。そうして契約前文中「買主中島飛行機株式会社」とある部分を鉛筆で「第一軍需工廠」と訂正されている。この文書に証人飯塚善太郎の証言及び前記認定の事実を綜合すると、同号証は原告組合の当時の組合長飯塚金太郎が昭和二十年三月末小泉製作所係員より、四月一日からは第一軍需工廠となるについて、先の本訴物件についての契約は改めて第一軍需工廠との間の売買契約書を作成する必要があるので、印章を持参して出頭せられたい、との連絡があり、同組合長が四月初め第一軍需工廠第二製造廠へ印章持参の上出頭して、同工廠係員及び旧小泉製作所係員と話合をした際、第一軍需工廠との契約書としてタイプせられた書面の一通を控として工廠係員より交付せられて持ち帰えつたものであつて、その成立は真正と認められる。それで進んで原告と被告との間の売買契約の成否について考えるのに、右のようにその成立を認め得る甲第二号証の二、成立に争のない甲第二号証の一に、証人飯塚善太郎の証言を綜合すれば、本訴物件については、昭和二十年四月一日附を以て、原告組合長飯塚金太郎と、第一軍需工廠及び旧小泉製作所の事務担当者との間に、先の三月二十日附契約を解約し、改めて甲第二号証の二に記載せられた内容の売買、即ち本訴物件を代金十二万円を以て原告より第一軍需工廠へ売り渡す旨の契約が締結せられ、同時にその契約書に原告組合長飯塚金太郎が調印して第一軍需工廠へ差し出されたこと、右甲号証中、買主の記載に訂正があるのは、甲第二号証の一の契約文書によつて同一内容の契約条項にタイプライターを以て印書した為めに誤りを生じ、これを契約書に調印の際発見して訂正せられ、従つて契約書の控である右甲号証もその際訂正せられたものであること、及びこの原告と第一軍需工廠との売買契約については売主側には契約書の控として甲第二号証の二が残されたのみで、契約書として買主の調印ある書面は、その後も遂に原告に送付せられずに終つたことが認められる。被告は先の中島飛行機株式会社との契約により、本訴物件の所有権は当然に同会社へ移転していると主張するが、売買契約により所有権が右訴外会社へ移転したことは、その後この売買契約を解約するについて何等障害となるものではない。更に被告は若し原告と第一軍需工廠との間に新たに売買契約が為されたのならば原告が今回国に対して譲渡の申出を為するに当り、中島飛行機株式会社との間の契約書を添付する理由はない、と主張する。然しこの点については、証人福島清作の証言によれば、原告は第一軍需工廠との契約については契約証書を保有していなかつたので、同一契約内容の甲第二号証の一の契約書を添付したものであつたことが認められるのであつて、調印のない契約控の書面より手許に存しなかつた原告としては己むを得なかつたものと解すべきである。

次に右売買契約による代金の支払について判断する。成立に争のない甲第一三号証、同第二二号証の一乃至三、同第二〇号証の一、二、右甲第二〇号証の二に写として添付せられている書面であつて、当裁判所でその成立並に原本の存在を認め得る甲第二〇号証の三、成立に争のない甲第一七号証、同第一五号証の一乃至四、同第一六号証、同第一八号証の二、同第一九号証、同第九号証の一、二、同第一四号証の一、二、同第一〇号証に証人柳茂司、同石島喜四郎、同渡辺達夫、同飯塚善太郎の各証言を綜合すれば次のような事実が認められる。第一軍需工廠第二製造廠では廠長吉田孝雄が分任資金前渡官吏として出納官吏の任にあり、日本銀行足利代理店宛記名式持参人払の政府預金小切手によつて支払をしていたが、数の多い小口支払にそれぞれの小切手を振り出すことは、手数であつたので、数口又は十数口の支払分を一括した金額について、出納係員渡しの小切手を振り出し、これを係員が日本銀行足利代理店へ持参して支払を求めると共に、右代理店業務取扱銀行である安田銀行足利支店に対し、右日本銀行から受領すべき金員を資金として、委託者第一軍需工廠第二製造廠、支払銀行を群馬大同銀行小泉支店とする右安田銀行足利支店名義送金小切手の振出を求め、この送金小切手により大同銀行小泉支店に委託して、第二製造廠が支払を必要とする各個々の債主の預金口座に振替える方法によつて支払を為していたこと。本訴第一軍需工廠と原告との間の売買契約に基づく代金十二万円の支払については、昭和二十年四月十九日第二製造廠に於て、廠長吉田孝雄決裁の上現金支払命令票(甲第一三号証)が発せられ、この金員支払に充てるため、同年五月三日他の支払分と合せて額面百万円、日本銀行足利代理店宛、飯塚栄太郎渡しの政府小切手が第一軍需工廠第二製造廠分任資金前渡官吏吉田孝雄により振出され、(甲第二二号証の一、三はこの小切手帳の控部分)、同日第二製造廠の出納係員飯塚栄太郎は右小切手を日本銀行足利代理店へ持参してその支払を求めると共に、安田銀行足利支店に対して、右日本銀行代理店より受領すべき金員について委託者第一軍需工廠第二製造廠、持参人払、大同銀行小泉支店宛の送金小切手の振出しを求め、右送金小切手を受領の上、翌四日同人はこの小切手に裏書(押印)をして(甲第一七号証)大同銀行小泉支店に対し、右小切手を資金として原告に対する前記金十二万円の支払及びその他の債主に対する支払を当座口預金振込の方法により取扱うよう依頼したこと、(甲第一五号証の一乃至四、同第一六号証)右銀行小泉支店はこの依頼に応じて、原告に対する金十二万円については、同銀行尾島支店へ資金を振替えて爾後の処理を委託し、(甲第一八号証の二)同尾島支店は受入手続の上即日原告の同銀行に対する特別当座預金口座に入金手続を完了したこと、(甲第一九号証、同第九号証の一、二)。而して第二製造廠に於ては、先の現金支払命令票に五月四日支払済となつた旨の記入が為されて報告せられたことによつて、同廠備付の施設費々目別整理簿に、同日金十二万円を尾島町若松町所在建物代として原告へ支払済である旨を記載したこと、(甲第一四号証の一、二)。この代金の支払は契約にも明示してあるように、特殊決済によるべきものであつたが、支払担当者の手違によつて、その取扱は為されず、原告の普通預金に預け入れられたこと然し間もなくこの預入は特殊預金による決済を為すべきものであることが判明し、大同銀行尾島支店より原告に対して預け替手続まで預金引出を差し控えられたい旨の通知があつて、同年六月一日右預金口座からこの金十二万円を払出し、改めて特殊預金に預け替えて決済されたこと。以上の事実が認められる。被告は右金員の支払は中島飛行機株式会社の支払であり、然らずとしても国が中島飛行機株式会社の債務を引き継いだ結果支払われたものであるか、若しくは、兵器等製造事業特別助成法第五条により支払われたものであると主張する。しかし大同銀行小泉支店に対する支払依賴の書面が中島飛行機株式会社小泉製作所と印刷された用紙を使用していたとしても、第一軍需工廠第二製造廠に於ては、用紙類は従前の会社使用の用紙をそのまま使用して業務を続けていたこと及び四月一日以降は中島飛行機株式会社としての支払は一切行なわれなかつたことは前認定の通りであつて、使用の用紙に印刷されている会社名を特に訂正されていなかつたとしても当初政府資金を以て為された支出が会社の支払に変じたことにはならない。又皇国第三〇八五工場なる名称は当時防牒上中島飛行機株式会社小泉製作所に附せられた名称であるが第二製造廠と変更した後に於ても引き継ぎ右の名称を使用することを許されていることは前記証人柳茂司の証言により認められるのであつて、甲第三号証にこの名称が用いられていることは何等前記認定に影響はない。且つ同号証は金員の支出者を示したものではなく、単に支払の通知書に過ぎないことその記載文言により明らかである。次にこの支払が中島飛行機株式会社の債務を国が引継いだ結果為されたものとするのにはその根拠として一般的に又は特定的に法令又は契約の存在を必要とすること当然であるが、このような債務引受の為されたと認め得る何等の資料のない本件に於ては被告の主張は認容できない。更に兵器等製造事業特別助成法第五条は、中島飛行機株式会社が原告から買受けた代金を国が直接売渡人である原告へ支払い得るようなことを規定したものとは解せられないのであつて、原告に対して為された本訴国の支払が右法条に基づく支払であるとは認められない。本訴物件については、昭和二十年三月二十日売買を原因として同年五月十日訴外中島飛行機株式会社に所有権移転登記が為されていること当事者間に争のないところであるが、更に成立に争のない甲第八号証に前記証人飯塚善太郎の証言を綜合すれば、先の原告と右訴外会社との契約が為された後、三月末若しくは四月初旬頃訴外会社の登記手続係員の求めにより登記に要する一切の書類の受授も為されていたこと、及び登記は一旦当時の原告代表理事であつた飯塚金太郎の個人名義に保存登記の上、右のような移転登記手続が為されていることが認められるのであつて、この登記申請は、家屋台帳名義人の関係等から先の契約書(甲第二号証の一)とは別個の原因証書により、保存登記及び移転登記等の申請手続が(その後為された国との契約には関係なく、)進められた結果によるものと推認できる。従つてこの登記の事実は何等前記認定事実には影響を来たすものではない。最後に原告の預金口座に受け入れられた金十二万円が現金の取扱を以て為されたことについては、前認定のようにこれは支払担当者の過誤によるものであり、然もこの過誤が発見せられると共に特殊預金に預け替えられたのであるから当初右のような手続による払込を受けたことについて何等の過失もなかつた原告はその後公布せられた戦時補償特別措置法第六〇条の適用を受けるについて不利益を受けるものとは解せられない。

以上認定のように、本訴物件の売買は戦時補償特別措置法の適用を受け得べきものであるから、進んで原告の譲渡申出手続の適否について判断する。原告が前記特殊預金によつて決済せられた戦時補償請求権に対する戦時補償特別税として昭和二十一年十一月二十二日納税の申告を為すと共に、同日その税額金十一万円を納付したこと、同法第六〇条第一項により原告は現に所有権を保有する国から本訴物件の所有権譲渡を受けるため昭和二十二年三月一日金一万円の支払を申し出て譲渡申請をしたこと、及び本訴物件が国の所有に帰した後原告が有益費として支出した金員のないことはいづれも当事者間に争がない。按ずるのに、本訴物件売買代金の特殊預金により決済せられた請求権に対する戦時補償特別税は、納税義務者である原告が法人であることによる控除額金一万円を差し引くときは、原告の納付した金十一万円の納税額には何等過不足なく、従つて前記法律第六〇条第三項の定むるところにより、譲渡価格金十二万円から前記納税額を控除した金一万円を支払うことにより、原告は国に対して本訴物件の譲渡を求め得るものといわなければならない。而して同法条第六項によれば、この譲渡申出の期限は一般申告期限である昭和二十一年十二月十四日より三箇月内であるから、昭和二十二年三月一日原告の為した右譲渡申出は適法である。被告は本件に於て原告が譲渡申出を為すに当り訴外中島飛行機株式会社との売買契約書を添付していると主張し、成立に争のない甲第一号証によつても、右の理由を以て財務局はこの申し出を拒否したことがうかがわれるのであるが、既に前段認定のように国との売買契約に当り、契約書を第一軍需工廠に保持し、原告には契約書の控のみ交付せられた本件に於ては、譲渡申出に際し、契約書を添付するに由なく、成立に争のない甲第六号証によつても原告は譲渡申出書に、第一軍需工廠に売り渡したものである旨を明記していることが認められる。然るに被告は原告の右譲渡申出を拒否したものであるが成立に争のない甲第七号証によれば、原告は右の拒絶を受けたので、前記法条第七項に定むる期限内である昭和二十三年九月三十日前記の金一万円を前橋司法事務局へ弁済供託したことが認められる。従つて原告が先に為した譲渡申出は既に為された金十一万円の納税及び右の供託を以てした金一万円の支払によつて、適法な譲渡請求の効力を生じ本訴物件の所有権は国から原告に移転されたものといわなければならない。被告は譲渡請求には形成的効力はないと主張するのであるが、原告が昭和二十二年三月一日為した譲渡申出によつては直ちに所有権の移転を生ずることはないけれども、戦時補償特別措置法第六〇条の趣旨は、右申出後所定期限内に戦時補償特別税を納付し(本件に於ては譲渡申出前に納付せられている。)且つ先に国へ譲渡した際の対価と右税額との差額を支払うことにより、当然にその物件の譲渡を受け得る旨を規定したものであつて、国に於て改めて譲渡の処分を必要とするものとは解せられない。これと反対の見解に出た被告の右主張は採用できない。そうすると原告が別紙目録記載の物件について所有権の確認を求める本訴請求は正当であるからこれを認容することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決をする。

(裁判官 毛利恒夫)

目録

新田郡尾島町大字岩松字千才西一三六番所在

一、木造瓦葺平家建 第一蚕室 一棟

建坪 一〇二坪

一、木造瓦葺平家建 一部地下室付第二蚕室 一棟

建坪 一三〇坪

内地下室 二八坪(鉄筋コンリート仕上)

一、木造瓦葺平家建(保護室、催青室、事務室) 一棟

建坪 六二坪

一、木造瓦葺(一部スレート葺)平家建人工孵化室 一棟

建坪 六〇坪

一、木造瓦葺平家建渡廊下四箇所 一棟

建坪 一五坪

一、木造亞鉛葺平家建炊事場 一棟

建坪 八坪

一、木造亞鉛葺平家建便所 一棟

建坪 三坪二合五勺

一、木造亞鉛生子葺平家建乾燥室 一棟

建坪 三坪

以上電灯施設付

外に

一 人造洗出門柱二本

一 生垣 一〇〇間 以上

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